我が家は3歳半の娘とパパ・ママの3人で2月下旬から自主隔離生活を送っている。
ママと結婚する前も一緒に行動する傾向が強かったけれど、結婚をした後と娘が生まれてからは特にその傾向が強い。
普通の家庭では、パパがお仕事で家を出ることが多かったりするし、出張とかであれば1日や2日、家族と離れることもあるだろう。
しかし、我が家ではできる限り一緒に行動をしてる。
僕がWEB系の仕事をしているし、テレワークチームを作っているので、どこにいてもパソコンと電源とネット環境さえあれば仕事ができる。出張については娘を置いて出掛けたことは一度もない。
コロナウイルス 前は月に1回〜2回 東京・大阪・京都に出張していたけれど、全て家族一緒に車で移動し同じホテルに宿泊していた。
打ち合わせもそのホテルのロビーで済ませることがほとんどだった。
我が家の取り組みは、僕は大好きだ。
僕らの家族の中では最適な選択肢だと思っている。後述するけれど、子どもの自立にもかなり気を使っている。
けれど、それを他の人もするべきだとは思っていない。それぞれの家庭の形や状況があり、適度な距離感というのは家族それぞれで違うと思うからだ。
特定のモデルを取り上げて、「この家族モデルを取り入れるべき」と急ぐと、その家族の本来のあり方を壊すことになりかねない。
このコロナウイルス の時代は、それぞれの家族の状況や考え方に合わせて変化していくのがいいと思う。
一方で、このコロナウイルス の緊急事態宣言と自粛の中で、家族と過ごす時間が増えてしまって関係性が悪化するケースも出てきているらしい。
「コロナ離婚」という言葉も出てきているし、これからますますメンタルケアや子どものケアが重要な時代になるはずだ。
そんな時に、僕ら家族のあり方や、パパとしての考え方が少しでも何かのヒントになるかもしれないと思って、書いてみることにした。
先ほども書いた通り、「僕たち家族が素晴らしい」ということを伝えたいわけじゃない。僕らはこれでいいと思っているけれど、それが全ての家庭に適しているとは全く思っていない。
そんな中で、僕ら家族ほど物理的にも精神的にも近くにいる家族は、ごく稀だと自負してる。
24時間、家族と一緒にいて笑い合っているので、物理的に見ても僕ら家族を超える密接度の家族は、そう多くはないと思ってる。
好きかどうかの確認
すごく子どもじみたことかもしれないけれど、これは最初にやったほうがいい。
そもそも、パートナーが好きなのかどうかの自分への確認。
そして、好きに条件がつくのかどうかの確認。
無条件の愛を持っていないとダメと言うことでもないと思う。
「毎月家にお金を入れてくれるから、好き」と言う人もいるだろう。
「文句を言わずに家事をしてくれるから、好き」と言う人もいるだろう。
何があっても「好き」と決められるセーフティーゾーンを自分の人生に引いておくほうがいい。
例えば僕は、うちの奥さんの見た目と考え方が可愛いから好きだ。
すぐに物をなくしたりするし、すぐに困ったりする。自分をリセットするために、全部を止めて美ボディトレーニングを始めたりする。
その行動パターン自体が好きなので、可愛いおばあちゃんになった時も、変わらず好きだと思う。
ママは僕のことをどう思っているかと言うと、多分、「家族を守ることと、家族のためのお金に対する姿勢」を評価してくれているんじゃないかと思う。
お金を持っているから と言うことでもないと思うし、お金を稼いでくれるから と言うことでもないと思う。
もし、今コロナウイルス の影響で一時的に稼げなかったとしても、家族のためにお金を稼ぐ方法を自分で切り開くということを信じてくれているんだと思う。
実際、お金が家に入れられないタイミングもあったし、その時に険悪になったこともあった。
それでも、僕が家族のためにどう頑張ろうとしているか と言う部分を評価してくれていたんじゃないかと思う。
「お金がないのはわかった。で、どうするの?」と言う部分へのアンサーを、できないなりに答えてきたんじゃないかと思う。
あと、物理的にも一緒にいる時間が多いから、僕が余分なことにお金を使っていないどころか、服装や身だしなみにも無頓着すぎることをリアルに見てる。
どちらかと言うと、ママの方からファッションやヒゲを心配されることが多い。
「これをしてくれないと、好きじゃない」と言うのは、僕はあっていいと思う。
「何をされても好き」と言う無条件の愛も大事かもしれないけれど、我が家では継続できない。
条件をつけると言うことは、愛する姿勢を決めると言うことだと思う。
人間は食事の楽しみを伴う有機生命体だから、エネルギーについて深く考えることが少ないかもしれない。
けれど、有機生命体だからこそ、肉体的にも愛情的にもエネルギーは考えたほうがいい。
例えば、自分の車をどれだけ愛していようとも、ガソリンを入れなければ走らない。
人間同士や家族も、エネルギーを確保しないと走れない。そのエネルギーは、声がけだったり、愛情表現だったり、プレゼントだったりするかもしれない。
人間は損得感情だけで物を考えない傾向があるので、条件をつけるのが下手だ。「友達なのに」とか「家族なんだから」とか、思いがちだ。
もちろん、一時的にはそれで解決することもある。「友達だから応援してあげたい」と思うこともあると思う。
けれど、それが永遠に続いたら成り立たない。人間の愛情は無尽蔵ではない。
と同時に、これだけコストがかからない愛情への投資もない。
「いつも本当にありがとうね。愛してる」
「本当に素晴らしね。あなたと一緒にいられて嬉しい。ありがとうね」
そう伝えるだけで、家族のエネルギーはチャージされる。
家族で貢献すること
僕は、医療用のフェイスシールド を300個、医療機関と介護施設に寄付することにした。
さらに1000個規模で確保しようとしている。
我が家もけして余裕があるわけではない。食費や光熱費を節約しながら生活してるし、コロナウイルス の影響で僕への入金も滞っている部分がある。
けれど、今貢献できることがあるならやろうと決めた。
奥さんに「寄付のために50万円くらい使うんだけど、いいかな」と伝えたところ、「いいと思うよ。困っている人いるもんね」と即決だった。
先ほども書いた通り、奥さんはお金に対してシビアだ。僕が家族を守るためのお金を家に入れていることや、その姿勢が、一緒にいられる条件になっている。
それは、家族を守る女性として当然のことだ。その上で、僕のやりたいことや、我が家が貢献できることを一緒に考えてくれるのはありがたい。
有事の時、誰が一番元気かと言うと、人を応援する立場にある人だ。
これは、東日本大震災のボランティアに月に1回以上を半年行って、感じたこと。
ご家族を亡くされたおばあちゃんが、炊き出しを手伝ったりしていた。
「ボランティアの僕らがやるので、大丈夫ですよ」とお伝えしたところ、
「いいからいいから。動いてるほうが楽なの。こういうときは、誰かの役に立たなくちゃ」と、笑っていた。
家族も、近い感覚があるんじゃないかと思う。
コロナウイルス でピリピリしている中で、
「ねぇ、今月の支払いどうするの? 会社大丈夫なの? ちゃんと会社に文句言った? 払ってもらえるの? わかってる?」
と、話したとしたら、とっても心が傷つくことになる。
出来るだけ、貢献する話をしたほうがいい。
それは、お金の余裕があるからとか、経済的に守られているからとか、そう言うことではなく
自分たちの心を守るために、貢献することを探すということだ。
お金じゃなくてもいい。声かけだけでも十分だと思う。
「お互い、頑張ろうね」の一言でもいい。
家族で貢献するということが、家族の絆を強めることにつながると思う。
心の貧困
ここまで読んで、もしかしたら、「お金を持ってるからでしょ? 困ったことなんてないでしょ?」と、思っている方もいるかもしれない。
確かに、死のうと思うほど追い込まれたことはないけれど、感情が壊れるくらいお金に追い込まれたことはある。
僕は20代の時に、お金が返せなくなってブラックリストに載った。消費者金融からめちゃめちゃ脅されたし、今でもクレジットカードは持っていない。
家賃が払えなくて毎日のように取立ての電話が来たこともあるし、所持金が百円以下のことなんてしょっちゅうだった。
質屋にも通ったし、家族や奥さんからもお金を借りたことがある。
謝っても謝ってもお金がないので、嘘をついたこともある。
泣いても泣いてもお金がないので、感情が壊れた時もいっぱいあったけれど、心だけは貧困にならないように守っていた。
コロナウイルス の影響で自粛が続いている友達とか仲間に、少しでもおいしい物を食べてもらいたいなと思って、大好きなガーデンピアッツァさんのピザをみんなの分買って配り歩いたりさせていただいた。
お金で迷惑をかけてしまった分、どうすれば役に立てるだろうと思うことが多くなった。
僕より苦しい人は、いっぱいいると思う。
けれど、それなりに苦しんだ中でそれでも思ったことは、心だけは貧困にならないようにしよう ということ。
そのためには、役に立てる場所を探して少しでも貢献することって大事だなと思う。
うちのチームメンバーのお子さんに、少しでも楽しんでもらうために、アンジュール さんのおうちでパティシエセット をプレゼントさせていただく。
そう言う活動も、自分や自分たちの家族の心を守ることにつながっていると思う。
子どもの未来を守ること
色々と偉そうに書いたけれど、考えていることは、子どもの未来を守ること だけかもしれない。
心が豊かで、安全で、安心して友達と笑い合える時代を作りたい。
僕は、自分の家族が大好きだ。
大好きな娘には、いっぱい楽しく笑いあえる友達ができたらいいなと思う。
それはつまり、僕らの家族にとって大切な友達の、子どもの未来を守りたいということだ。
一緒に笑い合える友達を作るためには、一緒に笑い合える文化を作らないといけない。
少しでも、それに貢献できたらいいなと思う。
コロナ時代の、大変な状況だからこそ
大切な人を、大切に。
大切な人の大切なものを、大切に。