不思議なものだなと思う。
僕は、長生きしたい。
いつまでも、仕事を頑張っていたいし、
いつまでも、仲間と楽しく飲んだり笑っていたい。
そして何より、
ママと一緒に過ごせる時間を少しでも長く続けたいし、
ねねちゃんと一緒に居られる時間を、少しでも長く続けたい。
でもね
ねねちゃんの寝顔を見ていると
「パパとママが、
おじいちゃんやおばあちゃんになって、
幸せに死んだとしても、
この子がその後も、生きていてくれるんだ」
そう思うことがあるよ。
これを読んだら、もしかしたら、
「もともと、いいパパになる要素があるからね」って
思ってくれる人もいるかもしれないけれど
とんでもない。
正直、なんとなく「子どもが欲しい」と思っていたけれど
35歳になっても、本気で子どもが欲しいって思ってはいなかったかもしれない。
すごく、すごく偉そうな言葉を使うと
ママの年齢的にも、「産ませてあげたい」って思っていた部分が大きかったかもしれない。
2015年の10月16日だったかな
ママは、はじめて産婦人科に行った。
翌月の11月14日に、パパとママは、不妊治療の説明会に行った。
これを聞かないと、ねねちゃんを作ることができないんだって。
ちなみに、12月17日には、ねねちゃんの家の地鎮祭があるから、
ねねちゃんと並行して、家を建てていることになる。
この頃って、本当に夢中で、「よくこなしてたなぁ」と、今は思う。
ママの覚悟
パパが、パパになろうと決めたのは、
2015年の12月14日。
この日、ママはねねちゃんの元になる卵を採卵をした。
ねねちゃんは、きっと、ママの泣いた姿を見たことがあまりないと思う。
パパも、ほとんど見ない。ママはとっても強い人なの。
でも、この日は違ってた。
たぶん、僕が見た中で、ママは人生で一番泣いてた。
ねねちゃんの卵を取り出すために、ママはとっても痛いところに針を刺して、
ねねちゃんを取り出したの。
パパは、病室で手術が終わるのを待っていたんだけど
ママが戻ってきた時、ギョっとした。
一体、何があったんだろうと思うくらい、
子どもみたいに、泣いてた。
たぶん、ママはあまり覚えていないと思う。
一応、全身麻酔を打って手術したんだけど、その麻酔でも目が覚めるくらい痛かったって。
その姿を見て、ママがねねちゃんを迎える覚悟をしているんだなって思った。
パパも、覚悟しなくちゃと、思った。
だからね
パパは、ママとねねちゃんに、パパにしてもらったんだなと思う。
ありがとうね。
ママもねねちゃんも、
長生きしようね。
そう思うことが
パパにも勇気をくれて
パパも頑張ろうって思える。