怒るよりも「拗ねる」ようにしてる話

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写真は、なんとなく入れてみただけ。

ねねちゃんは、あまり関係がない(笑)

 

僕は、本当にメンタルが子どもだとつくづく思う。

ママと口論になると、よく拗ねる。

 

世の中の記事とか、人の意見とかを少し見ると

いろんな人が、いろんなことで怒ってるよね。

 

「これは、けしからん!」

「こんなこと、許せない!」

 

僕、今まで、怒りのギアって、3段階しかないと思ってたの。

 

でも最近、4つ目のギアがあるんだって、ワイドショーとかで知った。

4つ目のギアっていうのは、

全く関係もない人の不始末を、「社会正義」として「怒る」っていうやつね。

これはもう、論外だから、どうでもいいんだけど、

 

3つの怒りのステージって、いつも意識してる気がする。

 

 

1つは、本当に感情によって、怒って”しまう”時。

自分が傷ついたり、

大切な人を傷つけられたりして、

それを守るために瞬発的に怒る時。

これは、すごく大事な感情だと思うし、必要だと思う。

 

あってはいけないことだけれど、

理不尽な、理由さえ無いような理由で、

ただひたすら自分や自分の家族の人生を傷つけられた時は

感情的に怒るべきだと思う。

 

 

 

2つ目は、怒った方がいい時。

相手の気持ちもわかるけれど、

でも、そのまま進んじゃダメなんだよなぁ・・・という時。

 

例えば、子どもが道路を全然見てなくて、ふらっと車が通る道に近づいた時

「危ないぞ!」って、怒鳴るとか。

 

例えば、本当に期待していた仕事の部下や仲間がいて

心の底から愛情を持って怒るとかは、「カッコええなぁ・・」って、思ったりする。

 

 

3つ目は、ただ単に、自分の思い通りにならなかった時。

これが、最も幼稚だと思っていて

90%の「怒り」は、これに分類されると思ってるの。

 

子どもが部屋をかたづけてくれなくて、つい怒るとか。

相手が時間に遅刻して、つい怒るとか。

わかってくれると思っていた親友が、全然共感してくれなくて、怒るとか。

 

それって、

「なんで僕の思い通りに動いてくれないの?」

っていう怒りなだけだから、

厳密には「怒る」じゃないと思ってる自分がいる。

 

もちろん、僕もこれでいっぱい怒ってきた人生だから

怒りたい気持ちは、尊重するけれどね。

 

でも僕は、これを、「拗ねる」と、言い換えたい。

 

 

僕は、あなたの行動で、拗ねてる。

って、いつも思ってたいの。

 

 

例えばね、

ほんと、今日の話なんだけど

ママとちょっと、口論というか、意見がぶつかったの。

 

僕が買おうとしている仕事の機材があって

「これを買おうと思ってるの」って言ったら

「それ、本当に必要なの?」って、言われたの。

 

なんでだろう

ちょっと、ムッとしてしまって

自分の仕事に対する姿勢 とかさ

これが仕事で必要なのを、君はわかってくれていない とかさ

「ママが買いたいって言ったもので、僕が止めたことってある?」 とかさ

 

すごく正論っぽいことを、ママに話したんだけど

話してる途中で、気づいたわけ。

 

「あ・・・拗ねてるだけだな」って。

 

自分でお仕事をされている方って、

どこか不安を持ってると思うの。

 

そりゃぁ、自信満々で生きていて

何をするにしても、私が地軸って思って生きてる人もいるとは思うんだけれど

 

新しい取り組みとかさ

やったことがないチャレンジとかには

多少の不安がつきもの。

 

きっと、僕も、

その機材を買っていいのかどうか、不安だっただけなのよ。

 

そこを、家族に言われた。

本当は、

「うん、あなたが必要だと思うなら、必要なんだと思うから、買ってね。

あなたを信じてるわ。てゆうか、愛してるわ」

って、言われたかったわけ。

 

でも、

「それ、必要なの?」

という、ものすごく核心をついた、真実を

なんの悪意もなく言われると

 

自分の中の不安感を見透かされているようで

自己防衛で怒るよね。

 

それって、

拗ねてるだけだと思うの。

 

それは、全体の話の80%くらいのところで気づいたんだけど

引けない自分もいるじゃん。

 

だから、後の20%は、わかっていながら、

着地点を探しながら、拗ねていた部分は、あるよね。

 

で、結果的に

 

「あ、僕、背中押して欲しかっただけだ。ごめん」って

自分の中でも解決するわけ。

 

ここまで読むと、

もしかしたら、多少いい話になってるかもしれないけれど

脚色してるからね。

 

基本的には、ただの幼稚な、拗ねてるだけの、

めんどくさい37歳の”男の子”なわけ。

 

 

でもさ

こういうことをすると

大人になってから人に怒ることって、自分が恥ずかしいだけだなって、思うの。

 

寧音ちゃんが、

お腹が空いて、ギャン泣きしてるのと、変わらないからさ。

「なんで私は困ってるのに、助けてくれないの!?」って。

 

わかっているつもりでも

何度も子どもを感じてしまう。

 

 

でも、

それを最終的には笑ってくれる家族がいて

本当に良かったなと思う。

 

家族がいなかったら

ただの社会不適合者だわ(笑)

 

ということでもう一度、

意味もなく、ねねちゃんの写真を入れておこう。

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ねねちゃん、口がいがんでるよ。

ねねちゃんが拗ねてても、愛で包めるパパでいたいなぁ。

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