君が生まれる瞬間の話

これは、ねねちゃんが生まれる少し前からの話。

 

ねねちゃんが大人になった時、

「自分はどんな風に生まれたんだろう?」と

感じることがあったら

それを確かめられる場所をつくりたいなと、思った。

 

ねねちゃんは、出産予定日の9月28日を1週間以上過ぎて出てきた、マイペースな子だったよ。

ママは、すっごく心配して、身体を動かしてみたり、スクワットをしてみたりして、

なんとかねねちゃんが出やすいように、ずっと調整してたよ。

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じょじょに、前駆陣痛を意識するようになった出産直前の日

パパとママは、お腹が大きい写真を撮影しようと、お仕事の一眼レフカメラを出して、撮影をしたんだよ。

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お腹の大きなママ、綺麗だったよ。

ねねちゃんは、完全版が観れるようにしておくね。

 

10月6日は、ねねちゃんを出産するための入院の日だった。

予定日が過ぎてることもあるし、連休になると産婦人科も対応しづらいということもあって、

連休前の10月6日に、陣痛促進剤を使って出産をしようという話になっていた。

朝の8時半に、病院に行く予定だった。

 

10月6日になったばかりの日、夜の12時を過ぎてたと思う。

ママは、いつもよりおりものが多いことを気にしてた。

 

「朝起きても、水が出ているようだったら、高位破水かもしれないから、病院に行く」

 

もう、入院の日だから、検診の時に行けばいいんだけれど、

どんな些細なことだとしても、大事をとると話し合って、眠ったの。

 

深夜の4時ごろだったか、4時半ごろだったか、

ママがトイレに行って、「やっぱり濡れてるから、病院に行く」と言い出した。

 

僕もすぐに準備して、5時半頃には病院についていた。

結果は、高位破水の兆候が見られるから、このまますぐに入院ということになった。

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ママが陣痛促進剤を打ち始めたのは、朝の10時を過ぎていたと思う。

 

僕は、10時からスカイプ会議があったから、一旦家に戻って会議をこなしてた。

その間に、LINEで、「促進剤の点滴が始まった」というメッセージが来ていた。

 

僕は、会議を終えて、1日お風呂に入っていなかったからシャワーを浴びて、

お昼前頃に病院に戻った。

 

 

その時は、まだママは余裕があった。

 

mac book airにDVDプレーヤーをつないで、お気に入りの韓国ドラマを見てた。

まぁ・・・バタバタしているうちに、

のちにこの韓国ドラマのDVDを延滞することになって、延滞金1300円がかかることになるんだけど。

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陣痛促進剤が効いてきて、ママの陣痛が始まったのは、10月6日の昼の1時ごろ。

少しずつ、「痛い」という回数が増えてきた。

 

ねねちゃんには、ずっとお腹の中にいて欲しかったけれど

どんどん大きくなっていくから、どこかのタイミングで外に出てもらわなければいけない。

 

ママは、痛みを我慢しながらも、「ねねちゃん。もうすぐ会えるね」って、お腹をさすりながら話しかけてたよ。

 

ずっと、痛みに耐えていたけれど、昼の3時ごろになっても、子宮口はなかなか開かなかった。

1センチ・・・2センチ・・・と、小刻みに広がっている報告を聞きながら、焦る気持ちもあった。

 

どうやら、最初の数センチを広げるのが、とっても痛いらしい。

7センチから8センチですと、言われたのは、夜の7時頃になっていたと思う。

 

この頃には、ママの痛みはピークになっていた。

体勢をかえるのも、痛くてわけがわからなくて、叫ぶ。

 

ママはね、ずっと「うー・・・うー・・・」と、声を出しながらいきみ逃しをしていたよ。

パパは、昼からずっと、ママの背中をさすってた。

 

病室が緊迫したのは、夜の8時くらいだったと思う。

この辺りは、正確な時間をあまりおぼえていないけれど、そのくらい。

 

痛みに耐えながら、体勢をかえたんだけど、

ねねちゃんにとっては、心地よくない格好だったみたい。

 

いままで、140とかあった心拍数の機械が

急に70を下回って、病室に警告音が鳴った。

 

そしたら、

「え? この病院、こんなに先生いたの?」

というくらいの先生たちが、緊迫した様子で慌ただしく病室に入ってきた。

こんな数の先生に囲まれて、逆にこわいくらいだった。

 

慌てて体勢を変えて、しばらくして、ねねちゃんの心拍は元にもどったからよかった。

 

9時頃には、「全開に近づいています」と言われた。

この時、「もうすぐ生まれるんだ、よかったぁ・・・」と、思った。

 

けれど、ここからも長かった。

 

ママは、あまりの痛さで呼吸が思うようにいかなくて、

酸素吸入をするようになった。

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パパは、その間もずっと、「吸ってー・・・吐いてー・・・」と、声かけするしかできなかった。

 

そうこうしている間に、日付を超えた。

10月7日になった。

 

子宮口が全開になってからも、なかなか本格的な陣痛が来なくて、

痛みがずっと続く状態を、ママは耐え抜いていたよ。

 

大きな陣痛が来ないと、ねねちゃんは出てこられないんだって。

 

日付を超えて、12時半か1時になったころ

病室が慌だたしくなった。

 

この頃になって、ようやく「じゃぁ、次の陣痛が来たらいきみましょうか」と言われるようになった。

 

パパはね、ママのあんなに本気な顔を見たことがなかったよ。

 

いきむ間は、目を閉じちゃいけなくて

しかも、下の方をちゃんと見なくちゃいけないらしくて

 

下をみながら、目をまん丸に開けて、

呼吸を止めていきむ姿は、ほんと、「真似できない」と思った。

 

1回いきむたびに、ママは呼吸の仕方を忘れる状態だった。

酸素吸入をあてながら、

「まずは、吐いて! 吐いてぇー・・・はいてぇー・・・ゆっくり吸ってぇー・・・」

と、耳元で声をかけ続けた。

 

後日、ねねちゃんを取り上げた産婦人科の先生は、

「すごく冷静なお父さんですね」と、褒めてくださったらしい。

 

でも、実際のところは、

パパは、ママしか見れなかったの。

 

ちらっと、下の方を見た時、

助産師さんや、産婦人科の先生の手が、真っ赤になっているのを見て、

あ・・見ちゃいけないやつだ と、思った。

 

そこからは、チラチラしか見てない。

ずっと、ママの耳もとで呼吸法を語りかけていた。

 

この病院の助産師さんは、とっても丁寧だった。

それを真似して声をかけていた。

 


 

ねねちゃんが、ママから出てきた瞬間は、SF映画みたいだった。

産道を通ってきたことで、頭がとんがって伸びてて、

頭がずっと下だったから、顔がパンパンにむくんでて。

 

病室の、スポットライトのような青白い光の下に、出てきた。

まるで、宇宙船に吸い上げられる未来人みたいだったよ。

 

 

出産に立ち会った他のパパの話を見聞きすると

「奇跡的だった」とか

「感動した」とか

言われることもあるけれど、パパはねねちゃんが出てきてくれたとき、全く感動しなかった。

 

一生懸命、ねねちゃんを産んだママと

がんばって出てきてくれたねねちゃんには、

感謝しかなかった。

 

パパとママは、ねねちゃんが細胞1つしかなかったときから知ってる。

「いつのまにか出来た子」じゃなくて

真剣に考えて、悩み抜いて、いっぱい話し合って、いっぱい準備をして、

ねねちゃんを待ってた。

 

ママのお腹の中で大きくなるねねちゃんのことを、

ずっとパパとママは、大事にしてたよ。

 

ねねちゃんが、一番最初に大きくママのお腹を、内側から蹴ったとき

パパはちょうど、ママのお腹に耳をあててた。

 

「トンッ」って、内側から感じたときは、

ほんと、ドラマに出てくるシーン見たいに、「わぁ、蹴った!」って、ママと喜んだよ。

 

パパとママは、ずっと、ねねちゃんを待ってたよ。

お腹が大きくなって、ママの足がむくみ始めたときから、

夜眠る前に、ママの足裏マッサージをするのが、日課だった。

 

「少しでも、ねねちゃんにいい栄養がいきますように」って、

二人で言いながら。

 

 

だからね、ねねちゃんが生まれた瞬間、

パパは感動しなかった。

 

「当たり前に、そばにいるはずの子が、ようやく出てきてくれた」

という、気持ちを感じてたよ。

 

今まで、なんでいなかったんだろうって。

ずっと会いたかったのに、なんでさわれなかったんだろうって。

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ねねちゃんの寝顔を見ながら、

いつも語りかけてる。

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ねねちゃんは、大事な子。

いっぱい、大好きだよ。

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いっぱい、愛してる。

 

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