”叱る”ことと、
人格形成

「叱る」の漢字の成り立ちは

口に、+だ。

 

「+」は、縦線と横線からできていて

白黒ハッキリすることを意味する。

「それは、良いよ」

「それは、ダメだよ」

を、口にすることが、叱ると言うことだ。

 

同じ属性の漢字に「叶う」がある。

「叶う」の、+を曲げたのが「叱る」だ。

 

何度も叱られて、自分の気持ちの中で整理がついて

「これでいこう」と、背筋が伸びたら

その子の夢が、「叶う」と思ってる。

 

だから、

叱るときは、いつも気をつかう。

”叱られる”という経験が、その子の人格形成に、大きく影響を与えるからだ。

 

 

我が家には、いろんな人のおかげで、いろんなママやその子どもたちが来てくれる。

りえちゃんの声かけで、ママたちが集まるママ会があるのも、いつもすごく嬉しい。

 

そんな中で、色んな子どもたちが来てくれるということは

子どもたち同士で、干渉し合うことになる。

 

この経験って、めちゃめちゃ大事だと思うし

特に、一人っ子のねねちゃんにとっては、

同年代や、ちょっと年上・年下の子供達とのふれあいが貴重なので

すごくありがたい。

 

理不尽なこととか、いじめられることとか、

意味もなくお友達に叩かれることとか、悔しいことや悲しいことを

早めにいっぱい経験しておいてほしい。

 

多分、子どもの時のある時期しか

耕せない感情の畑って、あると思うんだ。

 

だから、

パパやママがケアできる範囲で

パパとママの目が届く範囲で

いっぱい楽しいことや、理不尽なことを経験してほしい。

 

悲しくても、パパやママが抱きしめてあげられる距離感で、

いっぱい”悲しい”という経験をしてほしい。

 


我が家に来てくれるみんなは、

ウチにいるときは

大きな怪我さえ気をつけていれば

オモチャを壊そうが

壁に落書きしようが

お友だちを叩こうが

多少痛い思いをしようが

ほぼ全てOKだ。

 

大事なものについては、

「これは、大事だからね」と事前に教える。

そうすれば、基本的にはそれに対してはちょっと気を使ってくれるので

何かありそうなときは、未然に防げる。

それでも何かあったら、それはもう大人側の責任だ。

 

特に我が家は、仕事にもつかう電化製品が多いので

その辺りは、僕のそばにいるときは、目を離せない。

でも、事前に話しておけば、ちゃんとそこには気を使うのは、知ってる。

 

 

そんな中でも

今の時期だから、「いじめてみたくなる」という気持ちが働く子もいる。

 

「こんなことしたら、怒られるかな」とか

「こんなことしたら、泣くかな」とか。

そう思うお友達も、いる。

 

ずっと、その子の成長を見てきているので

そこに”本当の悪意”がないのは十分に知ってる。

 

やってみたい時期なんだろうし、やることによって、確かめないといけない時期なんだ。

良いのか、悪いのか。

 

 

だからこそ、その子がしたことが

ダメと思ったら、泣くまで徹底的に叱るようにしてる。

 

 

その子が、わざとやってるのは知ってる。

大人が見ている中で、「これ、どう思う? これ、すごいでしょ!」と思ってやってるのは、知ってる。

だからこそ、可愛くて仕方がない。

だからこそ、叱るときが必要だ。

 

今の、その時期だからこそ、

大人が、善悪をつけてあげないといけない。

 

もう少し成長が進むと、

成長過程として、見えないところで、やるようになるから。

 

その時に、脳裏に

「これをやったら、怒られたな・・」と、刷り込まれていることが大事。

「これをやったら、大好きなパパやママが、悲しむかな」と、一瞬でも浮かぶことが大事。

 

 

今日も、お友だちを”わざと”突き飛ばしたお友達を、叱らせてもらった。

 

「叱る」って、大人の価値観の押し付けだと思う。

子どもの価値観を決定づける行為だ。

 

だからこそ、その子のパパかママの同意や、事後承諾は必要だと思ってる。

できるだけ、その子のパパかママのいるところで、お友達は叱っていたい。

 

パパやママの見えないところで叱ったとしても、「何があって、なぜ叱ったのか」は、

パパかママには説明するようにしてる。


叱るときは、徹底的に叱る。

「水野パパは、怒ると怖い」と、思ってもらいたい。

 

だからこそ、人間同士として、彼と話ができると、僕は思ってる。

多分、頭のいい子だから、ある時期から「自分にどんな影響を与えるか」を、直感的に感じ取るようになる。

 

「かわいいね」

「すごいね」

 

何をやっても、それしか言わない大人を、冷静な目で見る時期が来るはずだ。

彼の成長に、長く関わっていたいから、

彼の行動を、真剣に大人として捉えていたい。

だから、叱るときは徹底的に叱る。

 


そして、何よりも

 

そんなパパの姿を、ねねちゃんが見ているのは、大事だと思う。

 

ねねちゃんは、今のところ、ほとんど叱られていない。

それは、「わかっていて、わざとやる」という時期が、まだ来ていないから。

 

「わからなくて、やっちゃった」というときは、

それはもう仕方がないので、「次からは、気をつけようね」と言うしかない。

 

でもきっと、あと半年もたてば

何をすれば、何をされるか、わかるようになって

わざとやるようになるだろうなと思う。

 

 

その時に、

お友達は、こうされていたと言うのを理解していて

それを、自分がされたと言うことは、ダメなんだなと、感じてくれたら嬉しいな。

 

 

そう考えると

我が家に、いっぱい人が出入りしてくれる環境は

本当に、価値が高いことだと思うし

声かけをしてくれるみんなに、心から感謝をしてる。

 

思春期が来ても

いろんなことを、話してくれる関係性でありたいなと思う。

ベネッセコーポレーション 進研ゼミ・こどもちゃれんじ

 

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