2歳と、
溺愛

パパの、現在のスマホの待受は、これ。

ねねちゃん、今日で2歳になりました。

 

image-2歳と、溺愛 | パパ部

 

近所の焼肉屋さんで、ささやかにお祝い。

 

 

最近のねねちゃんは、ABCの歌が歌える。

「エービーシーヨー アーアーヨー」

と、Cから先は不明瞭だけれど。

 

きらきら星もチューリップも歌える。

 

ほんと、「いつ覚えたの!?」ということを、覚えている。

 

 

ということは

それだけ

 

 

繊細なことも、覚えているはず。

 

大人になって、明確に話せなくても

楽しかったことや、辛かったことは

感覚として、脳に刻まれているはず。

image-2歳と、溺愛 | パパ部

 

苦しいくらい辛いのは嫌だけれど

ささやかに辛いことは、3歳以降にたくさん体験してほしい。

いまは、辛い思いからは、できるだけ守っていたい。

 

ツライというのは、自分の頭で処理をして乗り越えていくものだから

まずは、乗り越えるだけの基礎が必要。

 

 

いま、2歳になったばかり。

もうすぐ、いろんなことができるようになる。

だからいまは、もう少し、「不自由さ」を味わってほしい。

 

走りたいのに、うまく走れない。

掴みたいのに、うまく掴めない。

伝えたいのに、うまく伝わらない。

 

お友達に、おもちゃを取られた。

走っていたら、転んで痛かった。

うまく場に馴染めなくて、みんなの笑顔をみるしかなかった。

 

それは、「辛い」んじゃなくて、不自由だったり、理不尽だったりする感覚だと思う。

いまは、「できないこと」に向かう姿勢を、身につけてほしい。

 

 

ねねちゃんのそばには、必ずパパかママがいる。

パパやママがいないレアな場合でも、おじいちゃんかおばあちゃんがいる。

 

だから、いまは絶対的な安心感には、包まれているはずだ。

安心感の中での苦労だから、ねねちゃんは、越えられる。

 

 

例えば、道路で転んでも、パパはねねちゃんを抱き起こさない。

それは、ねねちゃんも、もうわかってる。

 

よほど泣いていたら、別だけれど。

 

少し転んだくらいでは、泣かない。

そして、パパは、ねねちゃんが自分で立つまで手を貸さないことも、知っているはず。

 

それは、辛いとは、違うと思ってる。

「不自由」からくる、苦労でしかなくて

そんなものは、ねねちゃんは余裕で越えられる。

 

 

 

元気と、勇気は、

使えば使うほど、増えていく。

さだまさしさんが、言っていた。

 

 

「あの時、乗り越えられた勇気があるから、

今の苦労も、乗り越えられる」

 

だからこそ

3歳から立ち向かう辛さを超えるだけの勇気を

今のうちに、いっぱい、小さな身体に貯めておいてほしい。

image-2歳と、溺愛 | パパ部

 

考えすぎと言われても

ねねちゃんは、元気と勇気いっぱいで

3歳までのあと1年を、しっかり抱きしめてあげたい。

 

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