パパ部

「光で言ったら、
白だと思う」

パパは、ねねちゃんに誇れる人生を送ってはきていない。

 

失敗もするし、

嘘をついたこともあるし、

悪いことをしたこともある。

 

でも、

その時に、

誰がどう見ていてくれたのかは

忘れない。

 

 

本当に、

善悪が深くわからなくて

スーパーの本屋さんから

漫画の本を盗んだ小学生中学年の時。

 

僕がその時きていたジャンパーの脇に

本をサッと挟んだあと

お店の人が後ろから付いてきた。

 

怖かった。

「バレちゃいけない」と、

必死に思った。

 

最後は走って

トイレに駆け込んだ。

 

今考えると

トイレに駆け込むと、

商品タグを外されたりする可能性があるので

万引きだと言いづらくなるのだろう。

 

でも、そのときは全くわかっていなかった。

 

数分経って

恐る恐るトイレを出ると

 

 

母が立っていた。

 

「何かあったの?」

「何もない」

「うん。じゃぁ、帰ろうか」

 

 

母が運転する車の

後部座席で揺られながら

脇にまだ抱えたままの漫画本が汗に濡れていた。

 

ふと、母に言われた

「お店の人、追いかけてたね」

 

ギクリとした。

 

「え・・? そうなんだ」

 

シラを切った。

 

 

「もし、ヒロくんに何か言ったら

お店の人を怒鳴りつけるところだった。

『うちの子に、なにしてるんですか!』って。」

 

 

この時に

僕は、万引きが悪いことなんだと、わかった。

もちろん、それ以来、ただの一度も、万引きをしたことはない。

 

母は、全部わかっていたんだろうなと思う。

 

このことを、話したり書いたりするのは

これが初めてだから、

たぶん、親父はびっくりだ。

 

もし

25年以上前の犯罪に

謝罪と贖罪が必要なら

謹んでそうさせていただく。

 

お店の方にも、本当に申し訳ないことをしました。

そして、一番申し訳なかったのは

そんな僕を全力でかばった母にだと思う。

 

 


以前も書いたけれど

寧音ちゃんの名前には

「成功することも、失敗することもあるけれど

どんな時でも『丁寧』には、生きられる」

という願いがこもっている。

 

成功しているから、人を粗末に扱っていいわけじゃないし

失敗しているから、ふてくされて自暴自棄になっていいわけじゃない。

 

どんな時でも、

『成功したのは、みなさんのお力添えです。ありがとうございます』は言えるし

 

失敗したときは

『失敗をしてしまいました。申しわけありませんでした』と、頭を下げて言える。

 

成功や、失敗は、コントロールができないし、波があるけれど

丁寧には、波はない。

 

どの瞬間でも、自分の中で、精一杯できることだ。

 

 


パパは、自分がいい人なのか、悪い人なのか、

パパ自身には、わからない。

 

でも

中学校のときに、こんな思いをしたことがある。

 

バスケ部のキャプテンに

圭太という男の子がいた。

 

僕は、人を呼び捨てにしない。

友達だろうが、家族だろうが、「さん」や「ちゃん」を、必ずつける。

他人行儀と言われても、必ず。

 

圭太は、

本当に人を呼び捨てにしない僕が

ほぼ、唯一、呼び捨てにする人だ。

(ニックネームがある人は除いてね)

 

当時、圭太の話になった時に

「なんか、圭太といると、正解な気がする」

と、言ったことがあった。

 

彼は、いわゆる「超真面目な優等生」ではない。

やんちゃな部分もいっぱいあるし、

悪いことをしたことも、いっぱいあるかもしれない。

 

でも、不思議と、

「圭太といると、正解な気がする」

と、思わせる魅力を、当時から持っていた。

 

僕は、彼に、かなりの影響を受けていると思う。

運動もできなくて、勉強もそんなにできなくて

女の子にモテなかった僕が

 

大きないじめに遭わなかったのは

たぶん、学校で特殊な存在感を放っていて

女の子に人気だった圭太のそばにいたからだろうと思う。

 

感謝してる。

圭太、元気かなぁ。

 

 


高校の時

僕は、方向性を見失いかけていた。

 

未熟すぎる自分の精神を

何かで守ろうとしたのが、

小説を読むきっかけだったと思う。

 

鮮明に覚えている。

本屋で手に取った、

「われも恋う」という

当時、たしか伏見に住んでいらっしゃった

堀田あけみ先生の著書。

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現在は、名古屋の椙山女学園大学の教授をされているのかな・・?

 

当時、最年少で文藝賞を受賞されたらしい。

全然、そんなことは知らずに、手に取って読んでいた。

 

全編、名古屋弁で書かれている本だ。

この本は、何回読んだだろう。

 

・・・と、書くと

10回とか50回とか、イメージするけれど

たぶん、5回くらいだ。

 

そのときは、全部の会話を覚えているくらい

夢中で読み込んでいた。

今はおぼえてないな・・・。

 

この本をきっかけに

堀田あけみ先生の本はもちろん全て読んだし

小説や童話を、時間があれば読み漁っていた。

 

ミヒャエル・エンデの

「はてしない物語」は、夢中になりすぎて、

夜中の2時とか3時とかまで

頭が痛くなっても読み続けていた。

 

だって、

主人公が成功した後に、覇王になって行って転落する姿なんて

当時の僕の常識にはなかった斬新さだった。

黒い巨大な蜘蛛が追ってくる描写なんて、衝撃だった。

 

 

僕の頭には

物語しかなかったのかもしれない。

「大学どこを志望する?」と、先生に聞かれても

大学に行く意味すら、わかっていなかったと思う。

 

で、苦し紛れに答えたのが

物心つく頃から、親父に言われていた「大学は国公立で」という条件と

 

たまたまパンフレットを見て、楽しそうな人形劇サークルの写真があった大学だった。

大学入試は推薦をもらったけれど、

「大学のサークルが楽しそうで」と、書いたら、他の理由にさせられた気がする。

そりゃ、落ちるわな・・。一般入試で入ったけれど。

 

 

うん。

その頃。

 

僕が、高校3年生になって

色々を考え始めたころ。

 

当時の、陸上部のマネージャーをしていた女性から

ラブレターをいただいたことがあった。

 

「なんで僕なの?」と

本当に、相手の気持ちを考えずに、無神経に聞いたところ

 

 

「よくわからないんですけど

先輩は、光の色で言ったら、『白』だと思うんです」

 

と、言われた。

 

 

たぶん、この言葉も、

そのあとの僕の人生に大きな影響を与えている。

 

僕が、中学校の時に圭太に抱いていた感情だった。

「圭太といれば、光の中にいられる気がする」

 

それを、僕が、誰かに言ってもらうことができた。

それは、本当に大きな成功体験の1つだ。

 

 


・・・・・

 

パパはね。

 

大人になっても、失敗をすることがある。

仕事でもそうだし

ママとの話し合いでもそうだし。

 

でも、その時

誰がどう見てくれていたのかは、忘れない。

 

絶対に、非がある僕を、

「でも、こうだったんですよね?」って

かばってくださったり、共感してくださったり。

 

そんな、虫のいいことばかりではないし

大人になる程、反省の度合いは深くなるけれど

 

 

でも、その言葉を聞くたびに

「光の色」を思い出す。

 

 

苦しい時

辛い時

負けている時

悔しい時

 

 

それでも、ほんの少しでも応援してくれる声を聞くと

 

「ヒロさんは、光の色な気がして」って

言われたような気がする。

 

 

だから、

裏切っちゃダメ。

 

だから、

丁寧に。

 

光の中で眠る我が子を見て

そう思う。

 

どうか

周りを明るく照らすほどの

自分の心の光の中を

 

時には暗い闇に浮かぶ小さな光のように

時には周りを明るく照らす光のように

 

丁寧に

生きてください。